Doc Driven Engineering

非同期連携システム開発プロセスにドキュメント作成・更新を組み込むための実践

Tags: 非同期システム, ドキュメンテーション, 開発プロセス, DevOps, CI/CD

はじめに

非同期連携システムは、現代の複雑なソフトウェア開発において不可欠な要素です。マイクロサービス、イベント駆動アーキテクチャ、メッセージキューといった技術は、システムの拡張性や柔軟性を高める一方で、システム全体の挙動を理解し、変更を加えることを難しくします。特に、サービス間の非同期的な相互作用や、状態の伝播、エラーハンドリングのパスは、コードだけを追うのが困難な場合が多く、高品質なドキュメントが不可欠となります。

しかしながら、ドキュメントはしばしば開発プロセスから切り離され、開発終了後にまとめて作成されたり、コードの変更に追随できずに陳腐化したりする傾向があります。非同期連携システムにおいては、このようなドキュメントの陳腐化は、開発効率の低下、デバッグの困難化、そして新しいチームメンバーのオンボーディング遅延に直結します。

本稿では、非同期連携システムの開発プロセスの中に、ドキュメントの作成と更新を効果的に組み込むための実践的なアプローチについて考察します。ドキュメントを開発ワークフローの一部として捉え、継続的にメンテナンスされる仕組みを構築することで、チーム全体の生産性とシステムの信頼性を向上させることを目指します。

非同期システムの開発プロセスにおけるドキュメントの役割

非同期システムの開発ライフサイクル全体を通して、ドキュメントは多様な役割を果たします。各フェーズで必要とされるドキュメントと、そのプロセスへの組み込み方を検討します。

  1. 設計フェーズ:

    • 役割: システム全体の構造、サービス間の相互作用、イベントフロー、メッセージ仕様、状態遷移などを明確にし、チーム内外での共通理解を形成します。技術選定や設計上の判断理由を記録します。
    • 組み込み: アーキテクチャ決定記録(ADR: Architectural Decision Record)の作成、イベントストーミングや設計会議の結果の文書化を開発タスクの一部と位置付けます。図解(C4モデル、シーケンス図など)を積極的に活用し、視覚的な理解を促進します。これらをバージョン管理システムで管理し、変更履歴を追えるようにします。
  2. 実装フェーズ:

    • 役割: 設計ドキュメントに基づき、具体的な実装に必要な詳細情報を提供します。コードだけでは読み解きにくい非同期処理の意図や、特定のライブラリ・フレームワークの使い方に関する補足情報などを記述します。
    • 組み込み: コードコメントやインラインドキュメントを活用します。Swagger/OpenAPIのようなツールを用いたAPI仕様の自動生成を検討します。開発者はコード変更と同時に関連ドキュメントを更新することをチームルールとします。プルリクエスト(Pull Request)レビューにおいて、コードレビューと合わせてドキュメントの正確性・網羅性・最新性のレビューを行います。
  3. テストフェーズ:

    • 役割: システムの期待される挙動、特に非同期処理が絡む場合の複雑なシナリオやエラーパスを明確にします。テスト戦略やテスト環境に関する情報を提供します。
    • 組み込み: テストケースのドキュメント化、システム連携テストやエンドツーエンドテストのシナリオ記述を行います。これらのドキュメントは、テストコードやテスト結果レポートと連携させ、システムの挙動の根拠として参照できるようにします。
  4. デプロイ・運用フェーズ:

    • 役割: デプロイ手順、設定方法、モニタリングのポイント、ログの見方、一般的なトラブルシューティング手順、エラーコードの意味と対処法などを提供します。
    • 組み込み: デプロイメントスクリプトやInfrastructure as Code (IaC) と合わせてドキュメントをバージョン管理します。RunbookやPlaybookとして体系化し、運用チームが迅速に対応できるよう整備します。オブザーバビリティツールから得られる情報(トレース、ログ、メトリクス)とドキュメントを連携させ、問題発生時に必要な情報を容易に参照できるようにします。

ドキュメントをプロセスに組み込むための具体的なプラクティス

ドキュメントを「作る」ことだけでなく、「メンテナンスし、活用する」ことを開発プロセスに組み込むための実践的なアプローチをいくつか紹介します。

1. ドキュメント駆動開発の要素を取り入れる

非同期連携システムにおいては、イベントやメッセージの仕様、APIのコントラクトなどがシステムの重要なインターフェースとなります。これらのドキュメントを開発開始前に定義し、それを基に開発を進める「ドキュメント駆動開発」のアプローチは有効です。

2. Pull Request/Merge Request レビューでのドキュメント確認

コード変更がマージされる前に、関連するドキュメントが更新されているか、または新規ドキュメントが作成されているかを確認することを必須とします。レビューチェックリストに「関連ドキュメントの更新/作成を確認する」といった項目を追加します。これにより、コードとドキュメントの乖離を防ぎます。

3. CI/CDパイプラインとの連携

継続的インテグレーション/継続的デリバリー(CI/CD)パイプラインにドキュメント関連のステップを組み込みます。

4. ツールと仕組の活用

成功のための考慮事項

これらのプラクティスを導入し、成功させるためにはいくつかの考慮事項があります。

まとめ

非同期連携システム開発におけるドキュメントは、単なる補足情報ではなく、システムの設計、実装、運用を成功させるための基盤です。ドキュメント作成・更新を開発プロセスの不可欠な一部として位置づけ、継続的にメンテナンスされる仕組みを構築することで、チームはシステムの複雑性を効果的に管理し、開発効率、品質、そしてオンボーディングの体験を大幅に向上させることができます。本稿で紹介した実践的なアプローチが、非同期連携システムのドキュメンテーション文化を強化し、より堅牢で理解しやすいシステム開発に貢献できれば幸いです。